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2013年05月25日

相澤会長が死去 聖子「あまりの悲しみ…言葉にならない」


 松田聖子(51)、酒井法子(42)らを育て上げた芸能事務所「サンミュージック」の会長、相澤秀禎(あいざわ・ひでよし、本名與四郎=よしろう)さんが23日午後10時27分、すい臓がんのため都内の病院で死去した。83歳。神奈川県出身。

自宅にタレントを住まわせて育成する手法で、数多くのスターを輩出。ほかの事務所にはないアットホームな社風をつくりあげ、多くのタレントから愛された。

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すい臓がんのため死去した相澤秀禎さん(享年83)

 芸能界きっての名伯楽が旅立った。

 所属事務所によると、昨年11月、定期検査ですい臓と肝臓に腫瘍が見つかった。抗がん剤治療を受けながら仕事を続けていたが、今年3月に食欲が低下し体重が減少してきたため再入院。今月22日に容体が急変し、翌23日に家族、友人、社員らにみとられ、眠るように息を引き取った。

 入院中は、痛み止めの薬を打ち、意識がもうろうとする中で、見舞客に気丈に応対。最期まで、誰からも愛された相澤さんらしく振る舞った。

 「人づくり」を信念とし、住み込み制度で数多くのスターを世に送り出した。聖子をはじめ、86年に自殺した故岡田有希子さん(享年18)、酒井らをデビュー前から東京・成城の自宅に住まわせ礼儀作法やあいさつの仕方などを一から教え込んだ。

 聖子との出会いは、この制度があったからこそだ。聖子をスカウトしたレコード会社「CBSソニー」(現ソニー・ミュージック)の若松宗雄氏(73)によると、聖子の両親らが芸能界入りを反対する中、「相澤さんなら、歌手としてうまくいかなくても社会人として立派に教育してくれる」と所属先を依頼。聖子は約8カ月間の下宿生活で相澤さんと親子のような信頼関係を築き上げた。

 聖子は89年にサンミュージックを独立するが、07年には業務提携契約を結び、絆の強さをうかがわせた。1週間前に相澤さんの見舞いに訪れており「あまりの悲しみに、まだこの現実を受け止めることができず言葉になりません。今はただ、ご冥福を心からお祈りするばかりです」とコメントした。

 相澤さんは大学卒業後、ウエスタンバンドのギタリストとして活躍。59年に芸能プロ「東洋企画」に入社し、マネジャー業に転じた。62年に西郷輝彦(66)をスカウトして独立、スターに育て上げ、68年にサンミュージックを設立した。

 携帯電話のメールをいち早く愛用し、07年からはブログも手掛けるなど、若者文化に自ら飛び込み、若手タレントとも気さくに接した。病床では、今年デビューしたばかりのアイドルグループ「さんみゅ〜」を気に掛けていたという。

 ◆相澤 秀禎(あいざわ・ひでよし)本名與四郎。1930年(昭5)1月20日、神奈川県生まれ。法政大学を卒業後、バンド「相澤芳郎とウエスタン・キャラバン」のギタリストで活躍。59年にマネジャー業に転じ、佐々木功、黛ジュンらを手掛けた。サンミュージックでは俳優、歌手のほか小島よしお、スギちゃんらお笑いタレントも数多く輩出。日本音楽事業者協会の名誉理事。


(引用 「スポニチアネックス」より)
posted by ロクデナシ at 08:04| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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